プラグを抜いて

先日、知人と話しをしていて、こういわれました。
「体からでている、全てのロープを断ち切って、行きたいところにいけたらいいのに。」
うわーー。キミ、いづみも同じことを常々思ってるよ!キミもろくでなし枠だね!
。。。とは言いませんでしたが、まあ、そう思いましたが。

いづみはしたいことをしていると言う自負があります。
でも、そこは貪欲ないづみのことですから、果てがないわけです。
しまいにはないものねだりになってきて、今の人生を楽しみながらも
「はあ。。もっと自由になりたい」と思ったりする始末。
どちらもはえることは出来ないと知りつつもね。

例えばいづみは京都がとてもとても好きなのですが、
今は京都に住んでいません。
ここに住んでからもずっと、いつか京都に住むことを夢見て、
でもつい最近、これから少なくとも予想できる限りの未来に、いづみは京都に住めないことが判明しました。
まあ、いろいろ事情があるんですけどね。
それをいづみは悲しく思いながらも、「京都に住まない」決断をしたわけです。

今の仕事についてる限り、京都に住めないことはわかっていました。
でもいつかやめたら京都にいこうと思っていました。
そしてその「やめる」時期は、間違っても10年もかからないものだと信じていました。
でもそれはきっと言い訳のようなもので、
行こうと思ったらいつでもいけたはずなのです。
それこそ「全てのロープを断ち切れば」
それができなくなったのは、いづみが年なのか、それとも社会的常識を身につけたのか、
ただの文句言いなのか、正直分かりません。

たとえそのロープがコンセントで、そのプラグを抜いたら充電できなくなって、
やりたいことをやっているうちに電池がなくなって、倒れてしまっても、
いづみはきっと構わないと思ってきたし、思っていました。
もちろん、そうなりたい、というわけではなくて、なっても「我が人生悔いなしじゃ!」と
笑ってしまえるような。

京都に行きたい、行きたいといいながら仕事をやめることもせず、
今はもう、「今からさらにむこう10年ほどいく可能性が全くない」と言う選択をもしてしまったいづみ。
この点についてはとてもとても寂しく悲しく、何よりも情けなく思うのですが、
きっとその選択を後悔することはないでしょう。
裏を返せば、その「京都に行きたい」気持ちを捻じ曲げてでも
もっと「したい方」の選択をしたわけで。

ただいづみは「ろくでなし枠」なので、
やっぱりコンセントを抜いてでもやってやろうか。
でもいづみは「ひより枠」でもあるので、
電池がなくなるぎりぎりに帰ってきてコンセントをつなげるんだろうな。

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